大学とは何か。どんな価値を持つのか、進むべき道はどこにあるか。
大学人や政治家、官僚、財界人らに大学への本音を聞く。
 

大学とは何か。どんな価値を持つのか、進むべき道はどこにあるか。大学人や政治家、官僚、財界人らに大学への本音を聞く。  

 
青木栄一(あおき・えいいち)
千葉県生まれ。東北大学大学院教育学研究科教授。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。国立教育政策研究所教育政策評価・研究部研究員な どを経て現職。専門は、教育行政学、行政学、地方自治論、公共政策論。
 
『文部科学省-揺らぐ日本の教育と学術』(中公新書2635)
 
 
 
 

 

日本の大学の研究力凋落に歯止めをかけようと、政府が巨額の税金を注ぎ込んで「大学ファンド」 を創設した。「世界に伍する研究大学」に認定された大学に出資される。スタートに向け突貫工事で 進められているのが、認定の基準づくり。平たくいえば「世界に伍する研究大学とは何か」の詰めだ。 熱を帯びた動きに対し、「まずは、普通に研究できる状態にすること」と冷静に話すのは、新著『文部科学省』(中公新書)で文科省と大学の現状を鋭く分析した青木栄一氏(教育行政学)だ。「普通 に研究もできない」今の日本の大学が、果たして「世界に伍する」ことができるのか。

 国際共著論文を増やす営業

 
―こういう時だからこそ彼我の違いが顕著になるようだ。先ほどの「世界に伍する研究大学」に戻るが、今、多くの大学が国際共著論文を増やすために躍起になっていると聞いた。
青木 国際共著論文は、日本の大学からすると、英語で書かれ、かつ外国の研究機関所属の研究者と共著で書くものだ。国際共著論文が増えれば、大学のランキングが上がる。今、ファカルティデベロップメントの一環として、どうしたら引用してもらえるのかというテクニック講座もあるそうだ。
 
共著者がいれば、そこから営業もかけられるという胸算用も見える。いずれにせよ、そこまでしないといけないのか。ところで青木さんは米国で何か営業上の工夫をしていたのか。
青木 まず受け入れ教員の著書を翻訳することをミッションにした。すでに刊行され、その先生にも喜んでいただいた。その翻訳の過程で彼とはいいディスカッションができ、いよいよ共著論文を書こうかね、っていうようなステップまで来ている。
 

―(拍手)
青木 実際、嬉しいことだ。ただ、ものすごいコストと時間がかかると思われるだろう。人文社会科学系のこういうスピード感は財務省や政治家から見たら、あまりにも遅いだろう。しかも、必ずしも「当たる」わけでもない。しかし、経産省だって「千三つ(せんみつ)」と言って、政策アイデアを一〇〇〇個出して三つでも当たればラッキーという組織文化と聞く。なぜ、研究者の「千三つ」は許されないのか。
 
―共著論文を書いてくれる研究者にお金を出す大学もあるようだ。
青木 たしかに、令和二年度国立大学改革強化推進補助金の採択大学の事業計画をみると、国際共著論文率を高めるために、海外の研究者を雇用する動きが見られる。明治時代のお雇い外国人に近い。しかし、実効あるものになるかは不透明だ。共著の実態もないのに海外の研究者の名前を入れる「ギフテッドオーサーシップ」のリスクも危惧すべきだ。ちなみに、私もいくつか関わっているが、東北大学では昨年度末の三カ月間、海外の研究者と月額五〇万円で業務委託契約をし、国際共同研究のスキームに入ってもらっている。
 
―世界に伍する研究大学にするため、研究者は国際共著論文を書き、引用してもらうために営業をかけるよう求められる。海外との共著となれば契約も必要だろうが、事務的なサポートぐらいはあるのか。
青木 研究活動を支えるという意味では、ない。大学事務部の組織は、国内向けの活動に特化されているからだ。依然として紙と署名捺印の世界だ。事務部の方には、そういった国際間のやり取りに関わっていただけない。
 昨年、こんなことがあった。オックスフォード大の先生とある契約をする際、私が仲介したが、電子契約ができないと事務から言われた。そこでその先生に、今から契約書をWordファイルで送信するから、プリントアウトしてサインをし、現物を郵送してくださいと頼まざるを得なかった。そうしたら「今、イギリスはロックダウンしているから私は家から一歩も出られない。そもそもなぜ電子契約できないんだ? 私は執筆料も電子送金してもらっているが?」と返された。たしかにその先生にとっては、電子サインでなぜダメなのか不思議だろう。しかも、日本語混じりのWordが送られて来れば戸惑うのも当たり前だ。「急ぎすぎた開国」なんだと思った。
 
―大学のグローバル化はかなり前に掲げた看板だったはずだ。
青木 確かにそうだが、教員をなるべく減らさないようにしてきたから。実際は、事務部門こそ人手が足りず、余裕がない中で新しい案件をやれと言われると、こうなってしまう。もし、英語はできるが日本語ができない学生が来たら、教員が世話するしかない。
 
―先生がサポートするのが前提なのか。
青木
 その通り! 「スーパーグローバル大学」ですら、万事がこの調子だ。ただ、事務部門を糾弾するつもりは全くない。もともと国立大学は日本人教員が日本人学生を相手に日本語で知識を伝達できるように設計されたから、むしろ当然の結果だ。
 

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青木栄一(あおき・えいいち)
千葉県生まれ。東北大学大学院教育学研究科教授。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。国立教育政策研究所教育政策評価・研究部研究員な どを経て現職。専門は、教育行政学、行政学、地方自治論、公共政策論。
 
『文部科学省-揺らぐ日本の教育と学術』(中公新書2635)