大学とは何か。どんな価値を持つのか、進むべき道はどこにあるか。
大学人や政治家、官僚、財界人らに大学への本音を聞く。
 

大学とは何か。どんな価値を持つのか、進むべき道はどこにあるか。大学人や政治家、官僚、財界人らに大学への本音を聞く。  

 

「世界に伍する大学」
自立・自律を求めて

—東北大学教授 青木栄一氏

 

「世界に伍する大学」
自立・自律を求めて

—東北大学教授 青木栄一氏

日本の大学の研究力凋落に歯止めをかけようと、政府が巨額の税金を注ぎ込んで「大学ファンド」 を創設した。「世界に伍する研究大学」に認定された大学に出資される。スタートに向け突貫工事で 進められているのが、認定の基準づくり。平たくいえば「世界に伍する研究大学とは何か」の詰めだ。 熱を帯びた動きに対し、「まずは、普通に研究できる状態にすること」と冷静に話すのは、新著『文部科学省』(中公新書)で文科省と大学の現状を鋭く分析した青木栄一氏(教育行政学)だ。「普通 に研究もできない」今の日本の大学が、果たして「世界に伍する」ことができるのか。

普通に研究できない大学

 
「世界に伍する研究大学」とは何だと考えるか。
青木 「世界に伍する研究大学」を「大学」と「研究大学」とに分けて考えたい。まず「大学」については、「自己完結型」であることが最低限必要だ。自前の収入源があり、海外を含めたお客さんを円滑に受け入れられる。そんな大学だ。日本の大学には、せっかく研究者を招いても、宿泊施設や迎賓館のような場がほとんどない。
 「研究大学」については、普通に研究できる状態にすることが大事だろう。「大学ファンド」の採択を目指し、東北大学の執行部が「世界に伍する研究大学」のアイデアを募集したので、一教員の立場から「間接経費 注1」の使い方を改善するよう提案した。
 
間接経費の何を問題視したのか。
青木 例えば科研費。研究費の三割が上乗せされて大学にくる。私の職場は恵まれている方で、そのうち半分が本部、残る半分を部局(研究科・学部)と研究者で分ける。つまり研究者が手にする間接経費は研究費の七・五%。それでも、その程度ではポスドクを雇うこともできないから、結局、本などの物品を買うしかない。
 
それにしても奇妙な話だ。「世界に伍する研究大学」の定義もなく制度ができ、参加を希望する大学が構成員に定義のアイデアを募集するとは。泥縄式だ。
青木 「世界に伍する研究大学」というお題が上から降ってきたけれど、お題を出す側も受ける側も、誰も、何だか分からない。
 
新著の『文部科学省』を拝読した。大学と文科省との関係について書いた第五章「失われる大学の人材育成機能」だけトーンが違う。強い「怒り」を感じた。
青木
 昨年四月、滞在中のニューヨーク市で新型コロナウイルスの感染爆発に見舞われた時期も執筆していた。ご指摘の下りは、大学の要請で留学先のコロンビア大学から急に帰国することになった時の経験が大きかった。科研費を受けて留学し、日本側の都合で帰るというのに、飛行機便の確保やアパートの解約、成田での一時滞在のホテルの確保……さまざまな手続きを研究者一人でやらなくてはならず、大変、苦労した。所属大学はあれこれ手を尽くしてくれたが、そもそも国に支援のための制度的な裏付けがなく、十分な動きができなかったようだ。日本の研究者はUberEatsの配達員のように扱われてきたのではないかと痛感した。
 
つまり個人事業主?
青木 そう。帰国前から感じていた。向こうで知り合った日本企業の駐在員たちに聞いて驚いたのは、現地での住居の確保や銀行口座の開設など全部、会社が手配してくれることだ。帰国に際しても同じで、会社丸抱え。ところが、大学は違った。
 
自分でなんとかして、と。
青木 細かい話だが、アパートのキャンセル費用で頭を痛めた。ニューヨークのアパートは一年契約で、途中退去すると、二カ月分のキャンセル費が発生することが分かった。約一〇〇万円払わないと、退居できない。簡単に何とかなるお金ではない。
 
ウイルスだけでなく、兵糧攻めのような目にまで遭っている。
青木 そう、でも引き払うしかない。さらに家具の引き取りにも立ち会わなくてはならない。結局、ドアマンにチップを握らせて、家具の引き取りを頼んだ。
 
大学はもちろんサポートしない。
青木 予算面の心配はしてもらった。緊急事態の大学としては相当に早い意思決定だったと思う。ただ、帰国便の手配はしてくれない。それも当然で、手配をする部門がない。日ごとに便数が減っていくなかで、自分で予約センターに何度も電話をかけた。帰国後、成田空港周辺のホテルも自分で予約して泊まった。一緒にチェックインした人は、会社が十数泊分の手配をしてくれていた。
 
非常時だから大学の対応がまずかったのか、普段でも同じようなものなのか。
青木 実は普段とそう変わらない。国立大学法人になって雇用契約は一応あるけれど、私が見てきたアメリカの大学のように、コミュニティメンバー=構成員として見ていないのではないか。
 
あの頃は、海外に留学していた日本人学生たちも大学に置いてけぼりにされていて、「大学が何もサポートもしてくれない」という内容の投書が新聞に掲載されていた。大学にとって、教員や学生とは何か、考えさせられた。
青木 構成員、コミュニティメンバーではないのかもしれない。教員がゼロコントラクトの個人事業主なら、学生は在学期間だけの刹那的なお客さまだろうか。一方、留学先の大学からは、メールがまだ来る。学長のこういう呼びかけから始まる。
 
おお、「Dear Members of the TC(Teach-ers College, Columbia University)Community」。
青木 そう、コミュニティメンバーなのだ。私は客員研究員として受け入れられたが、大学の扱い上は、学生という位置付けになる。もっとも、大学が学生を構成員として大切にするのは、学費が年間五〇〇万円と高額だからかもしれないが。  

 
 

<注>
1 間接経費 外部機関から研究者に出される研究費本体とは別に、その一定割合を所属大学に支給する費用。

  

次ページ:国際共著論文を増やす営業

 

   
青木栄一(あおき・えいいち)
千葉県生まれ。東北大学大学院教育学研究科教授。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。国立教育政策研究所教育政策評価・研究部研究員な どを経て現職。専門は、教育行政学、行政学、地方自治論、公共政策論。
 
『文部科学省-揺らぐ日本の教育と学術』(中公新書2635)
 
 
 
 

 

異見交論 バックナンバー

[%lead%]

[%title%]