大学とは何か。どんな価値を持つのか、進むべき道はどこにあるか。
大学人や政治家、官僚、財界人らに大学への本音を聞く。
 

大学とは何か。どんな価値を持つのか、進むべき道はどこにあるか。大学人や政治家、官僚、財界人らに大学への本音を聞く。  

 

“イノベーションは
大学改革から”

—内閣官房 イノベーション総括官
赤石浩一氏

 
 
 
 
 
 
 

“イノベーションは
大学改革から”

—内閣官房 イノベーション総括官
赤石浩一氏

 

 
 
 
 
 
 

「文部科学教育通信」連載
異見交論 第3回 

文・松本 美奈 ジャーナリスト、一般社団法人Qラボ代表理事
写真・岡 友香(Tokyo Photo Works.)

赤石浩一(あかいし・こういち)
1961年東京生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省入省、経済産業省通商政策局米州課長、日本機械輸出組合ブラッセル事務所長、内閣官房政策統括官などを経て現職。

日本を世界で最もイノベーションに適した国にする――安倍政権はそう繰り返している。成否のカギを握るのが大学改革のようだ。イノベーション戦略を担う内閣官房イノベーション総括官の赤石浩一氏は言う。「AI教育認定」で教育の中身を変え、国立大学に学内の規律が及ばない「出島」を創る……と。なぜ官邸と内閣官房が国立大学にここまで直接手を入れるのか。

世界のイノベーショントレンド

2019年11月、欧州でイノベーションをテーマにした重要な会議があり、議論を重ねてきたと聞いている。世界の「イノベーション」の現状を聞かせてほしい。
赤石 
5つの重要なポイントを指摘したい(右表)。まず、創業の果たす役割が突然、巨大になっている。その象徴が「ユニコーン 注1」のギガ化だ。ひと昔前は「珍しい生き物」だったが、今や数百もあって、しかも企業価値が1兆円を超える「ギガコーン」まで出現している。

 投資する側も、桁違いの金額をつぎ込んでいる。ソフトバンクの孫正義さんは「私は、10兆円の資金を年率30%で回し、次の資金を作る」と話していた。サウジアラビアなどから20兆円も集めている。その影響を受けて、様々なベンチャーキャピタルも、「兆円」台で勝負をかけてくる。今までの大学や企業、政府の金額とは桁違いの金が動いているので、日本としてはこれを利用しない手はない。
 
―次の「基礎から実装までを一組織で実現」については? 基礎は大学、応用から企業で、という従来の流れが変わっているということか。
赤石 そうだ。しかも、基礎から応用研究、実装までの時間がとても短くなっている。例えば、中国が量子暗号の人工衛星を成功させてわずか3年で、今度はグーグルが量子超越に成功したと発表した。国ではなく、民間企業が基礎研究から実用化を前提に取り組んでいるのだ。IBMは、ビジネススタイルまで変えている。自社開発の量子コンピューター10機を社外の研究実験に提供している。何百億円もの使用料を取って。完璧なコンピューターを作って市場に出すのではなく、みんなに使ってもらう中で改良を重ねるというビジネスだ。
 
なるほど、社外の人たちと検証を重ねれば、市場に出るまでの時間も短縮できるわけか。そして「社会の課題を解決するムーンショット」ともつながる。
赤石 技術の与えるインパクトが、社会制度の検討にも入っている。世界のキャッチワードは「ソーシャルトランスフォーメンション(社会変革)」。社会全体をどうするか。そのための「ムーンショット」だと。
 
「ムーンショット」とは米・アポロ計画当時に作られた言葉と聞いている。当時は、米ソが宇宙開発競争を展開していた。
赤石 21世紀のムーンショットは、気候変動や貧困など世界の課題を解決するためのイノベーション、技術だ。
 
国同士の競争ではなく、持続可能な社会のためのイノベーションということか。次の「AI倫理」とも関わってくる。
赤石 イノベーションを誰がどうガバナンスするか、という問題でもある。AIが雇用を奪う、生命にも危険を及ぼすかもしれないという不安が広がっている。だから日本はG20でAI原則の合意形成に努力した。差別がいけないことは、みんな分かっている。ところが、採用やクレジットカード審査で使うAIに差別が見つかっている。「差別はダメだ」をどう技術的に担保するか。プライバシーも問題になる。自分の情報がものすごい勢いで世界に流れている。著作権、肖像権をはじめ、様々な権利侵害も起きている。AI倫理は、法律や原則を書くのではなく、担保するためにどう技術を作るかという議論だ。
 
倫理づくりでは手を結びながら、もう一方の手で「覇権争い」をしている。
赤石 2019年に世界を震撼させたのが「ミラーリング」だ。中国人研究員がアメリカの研究室で研究する。そこまでは問題ない。ところが、研究室内の全てを写真に撮り、今日はこんな実験をした、という詳細な記録を中国に送っていた。全く同じ構造の研究室ができ、全く同じ研究をする。まさにミラーリングだった。これは氷山の一角に過ぎない。査読論文でも問題が起きている。論文を査読する中国人研究者に送ったら、コピペして中国に送られ、全く同じ論文が書かれていたという。
 
人間の倫理もかなり問題だ。それだけムーンショットへの期待が大きいということもできる。
赤石 ヨーロピアンコミッションでは、「ホライズンヨーロッパ」というプロジェクトを準備している。
 
―なぜ世界が同時にムーンショットに注目しているのか。
赤石 中国の存在が大きい。やはり脅威だ。もう一つは世界の課題があまりに巨大になっている。最大は、気候変動だ。プラスチックのゴミ、感染症、高齢化……。人類の存続に関わる問題ばかりだ。
 
―日本のムーンショット計画は10年間で1,000億円という予算規模だ。海外はどうか。
赤石 ホライズンヨーロッパは7年間で何十兆円という規模だった。日本は1,000億円だが、これで全てをやろうと考えているわけではない。シードマネーに過ぎない。科学技術基本計画の第6期では5年間で30兆円を目指そうとしている。そこにつないでいく。関係各所もつなぐ。そのためのムーンショットだ。
 
―そんなことをできるディレクターが必要だ。
赤石 それが大きな課題だ。世界も同じ課題を抱えている。

 
 

<注>
1 ユニコーン 企業価値が10億ドル以上の非上場企業をさす。

  

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赤石浩一(あかいし・こういち)
1961年東京生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省入省、経済産業省通商政策局米州課長、日本機械輸出組合ブラッセル事務所長、内閣官房政策統括官などを経て現職。